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| 今からちょうど百年ほど前、明治四十年代の日本では、作家や学者やアーチストや在野の好事家たちが渾然一体となって、寄ると触るとお化け話に熱中していたらしい。 あの柳田國男の『遠野物語』も、泉鏡花の妖怪譚も、大正期に開花する幾多の怪奇幻想伝奇文学も皆が皆、そんな「百怪斉放」ともいうべき心愉しきカオスの渦中から生み出されていったのだ。 ここ数年来、妖怪(=角川書店『怪』)や怪談(=メディアファクトリー『ダ・ヴィンチ』)や伝奇(=学研『ムー』&『伝奇M』)やホラー・ジャパネスク(=アトリエOCTA『幻想文学』)といったキイワードの周辺で、百年前の再来を予感させるムーヴメントが胎動しつつあることに、かねてより私は注目してきた。 岡山の妖怪ハンター化野燐との出逢いも、そんな怪しきメディアのあちらこちらで、ときにはまた、それらをクロスオーヴァするインターネットの電脳魔界の片隅で、偶然と必然の逢瀬を重ねていったわけだが、そのアダシノがこのほど「白澤計画」の旗揚げに、いよいよ踏み切るという。 まことにもって驚くべき、そして悦ばしき壮図である。 願わくは、その高邁なる理念が多くの賛同者を得、すこやかに百年の大計たらんことを! そしてその渦中から、平成の『遠野物語』が、あるいはまた伝奇と怪異の文学的豊饒が、沛然と湧き起こらんことを! (ひがし・まさお/ホラー評論家、『幻想文学』編集長) |
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