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| 子供の頃、妖怪図鑑を作った人はいるでしょうか。 僕は作りました。確か小学四年生の頃です。子供向けの妖怪図鑑では、どうしても 納得できなかったのです。 「だって、まだまだ妖怪はいっぱいいるじゃないか」 と、そう思ったのです。昔話や民話を読んでいると、いろいろなお化けが出てきます。 田舎に行くとお化けの話を耳にします。宗教説話にも、古典文学にも、学者の論文に もそいつらは現れました。昔の絵にも残っていたし、神社やお寺の装飾品にも、民芸 品にさえなっていました。のみならず漫画にもテレビにも出没しています。 「これは図鑑に出ていないぞ、これはこいつと同じなんだろうか……」 作らずにはいられませんでした。 水木しげるの妖怪画を模写し、石燕の絵を引き写し、更にそれに似せたオリジナル の絵をつけて。解説は柳田國男の文章を子供なりに咀嚼して付した覚えがあります。 同好の士もおりました。何人かでお化けの名前をリストにして、400くらいは並べた でしょうか。 「これに全部絵と説明をつけるんだ」 そんな無謀な計画を持ったものです。 勿論、挫折しました。小学生ですから当然です。でも、その頃胸に抱いた甘美な夢 は、大人になっても捨てられませんでした。 怪獣好きの子供は怪獣図鑑を作ったでしょうか。たぶん、作った人は少ないでしょ う。 作る意味がないからです。既製の図鑑で、それはコンプリートされてしまうものだ からです。動物好きの人が動物図鑑を作るでしょうか。電車マニアは電車図鑑を作る でしょうか。資料を集めることはあっても、あるいは好きな対象物自体を収集するこ とはあっても、そんなものを作りたいという欲動はあまりないのではないでしょうか。 ところが、妖怪好きは作ってしまうようです。 後年になって知遇を得た妖怪愛好家は、誰も彼もデータベースを作っていました。 考えてみれば柳田國男だって井上圓了だって、スタンスやイデオロギーは違ってい ても基本となるモチベーションは同じだったように思います。 みんな、白澤になりたかったんです。 でも、残念ながら、どれも不完全なものでした。あるいは皆、志半ばにして頓挫し ているようでした。妖怪は一個人が御せるようなものでもないし、一学問の枠に収ま りきるようなものでもなかったのです。 ところが。 今、化野燐という同好の士が、長年に亘る妖怪愛好家達の夢を叶えるべく、自ら旗 を振る決心をしました。 ひとりひとりが白澤になれないのなら――僕らみんなの手で、この21世紀に白澤 を甦らせてみようという夢の計画です。 こんな計画をずっと待っていたのです。在野の一妖怪愛好家として、これほど嬉し いことはありません。計画の概要を説明されたときの興奮は、今でもはっきり覚えて います。これは、既に個人の夢ではありません。僕らみんなの夢なのです。 白澤計画――何と素敵で無謀な計画でしょう。 そう、無謀なんです。これは、賽の河原の石積みにも似て、永遠に完成することの ない計画でもあります。でも、意味のないことでは決してありません。 化野さんのもとに集い、立場を超えて、思惑を超えて、一丸となって協力しようで はありませんか。いつまでも終わらない甘美な夢を、皆で見ようではありませんか。 (きょうごく・なつひこ/小説家・意匠家・世界妖怪協会会員・関東水木会構成員) |
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