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| たいへん残念なことなのですが、私は幼いころから妖怪に親しんで育ったわけではありません。おじいちゃんやおばあちゃんが語る昔話や怪談に胸をときめかせた経験もありません。子供のころにベッドの中で脅えたのは「マザーグース」のウィーウィリウィンキーやクロッケッドマンでしたし、七つのお祝いは教会の七五三礼拝でした。いくら帰国子女とはいえ、無国籍、無節操ぶりは大変なものです。私の母親などは「あなたの中には土俗の欠片もない」と断言しております。 これは妖怪馬鹿集団の中では珍しい部類でしょう。「ゲゲゲの鬼太郎」だの子供向き「妖怪図鑑」の類に熱中した幼き妖怪博士がすくすくと成長そのまま妖怪馬鹿、というのが一番まっとうなはまり方だと思われます。 ところが。 私はいたるところで妖怪に待ち伏せされていて、気がついたらどっぷり妖怪に浸っておりました。 事の起こりは「くだん」でした。 私は学生のころから、季刊「幻想文学」誌を愛読しておりました。妖怪と縁なく育ったものの、不可思議なお話は大好物だったのです。 1999年、その憧れの「幻想文学」で「くだん」の小説、評論を募集しているではないですか。「幻想文学」で小説を公募するなど、滅多にないことです。これは、書くしかないでしょう。何が何でも書いてやりましょうとも、私は決心しました。 しかし。 くだんて……何よ。 とりあえず購入した「図説 日本の妖怪」河出書房新社 で「くだん」について調べてみたところ「人面牛であるために件という。牛の腹から生まれ、人の言葉で近く起こる災害を予言して死ぬ」と、書かれています。 これを小説にせよ、と? 締め切りまでいくらもありません。この時点で「くだんて何よ」と言っている私は正攻法では勝ち目はありません。 自分の世界に「くだん」なる幻獣をご招待してみました。 見れば見るほど訳の分らないやつ。 その不可思議さに眩暈をおこしました。一週間、ずっと牛についてばかり考え続けました。たぶん一生分考えつくしたと思います。 理解しようとか飼い慣らそうとかいう気持ちを捨て、「くだん」とただ向き合って考えました。鍵になったのは、昔、女性週刊誌か何かで見たエピソード、「トドが牛に懸想して陸に上がってきた」というしょうもない記事です。 「くだん小説、トドストーカーの話で、書こうかな」 「イロモノ幻想小説? 面白いかもしれないけど、難しいんじゃないの」 「無理、かなあ」 「まあ、書けたら天才かも」 「天才かあ、いいなあ、なってみたいなあ、天才」 兄との会話の中で決心しました。絶対、それ、書いてやる、と。 やがて、私の中に棲む「不可思議なもの」と牛の化け物は静かに重なりました。 こうして生まれたのが「Me and My Cow」です。トドが雌牛に懸想して追い回し、雌牛が突然人牛を産む、という荒唐無稽な話。書き上げたところで天才にはなれませんでしたが、「幻想文学」56号「くだん、ミノタウロス、牛妖伝説」に掲載していただくことができました。 また、同号で入選した化野燐さんと一緒にデビューしてしまったことも、今から思えば妖怪の世界へ私を導く運命的な出会いのひとつだったのかもしれません。 「白澤楼」の岡山でのオフ会に参加したのが、妖怪世界にはまり込む第二のきっかけでした。妖怪のことなんて何も知らないしぃ、としり込みする私に化野さんは「石神さんだけは、観光旅行ということでどうでしょう」とにこやかにおっしゃいました。これにころっと騙されたわけです。 この世にこんなに妖怪を愛している人が大勢いることを初めて知りました。妖怪の伝承の残る「何の変哲もない」川やら橋やらにみんなでカメラを向け、歓声をあげ、周囲に白い眼で見られ……そんな中でくつろいでいる自分がいました。専門的な討論に何一つついていけず、それでもその空気を楽しんでいました。 私の中にも妖怪はずっと棲んでいたのです。その後も、調べ物をしたり、イメージを膨らませたりという作業をしていると、妖怪は思いがけないところで待ち伏せしていて、くすくすと笑うのです。プッチーニ作曲「蝶々夫人」の中にあの有名な妖怪が隠れていようとは想像もつきませんでした。(異形コレクション「キネマキネマ」収録「眼居」のネタです。) 人魚、目目連、河童……ひとつ、またひとつと妖怪が私の世界で形となっていき、すっかり石神茉莉は「お化けの人」になっていました。念仏より理解できない、と思っていた「白澤楼」へ集う人たちの会話もどうにか論旨が飲み込めるようになってきました。 「あまり怪し気なものを追い回すと祟られたりするんじゃないの」と心配して下さる人もいます。でも、幸い妖怪たちは、目を輝かせ、息をきらせて遊びにくる子供のような一団を決して嫌ってはいないようです。とりあえず、今のところは。 妖怪の世界はとても懐が広く、達人も私のような初心者もいっしょに楽しむことができます。 妖怪さまのおかげで、ささやかな自分の幻想、妄想を作品として結晶させることができました。妖怪さまのおかげで人見知りな私も、大勢の大切な仲間たちを得ることができました。 ふだんは十分も車に乗っていると、真っ青になってしまう私が妖怪巡礼のときに限り、一日中山道を車に揺られても、平気でいられます。運転してくださった方々がフィールドワークで鍛えた素晴らしいドライビング・テクニックをお持ちだったから、ということはもちろんありますが。それにしても、普段は車の匂いを嗅ぐだけで駄目、という状態なので、これも奇跡的です。妖怪さまには、こんな可愛らしいご利益もあります。 もしも、不可思議なもの、妖怪たちや妖怪の周囲に漂う不思議に懐かしい空気がお好きでしたら、一緒に妖怪を追いかけてみませんか。 かもん、じょいん、あわ、わーるど。 |
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| ◎執筆者紹介◎ 石神茉莉◎幻想小説家。1999年に『幻想文学』誌上でデビュー。古風な怪奇・幻想小説の枠組みの中、その無垢で鋭敏な感性により、次々と恐ろしくも愛らしい新たな貌と生命を妖怪たちに与え続けている。 作品一覧(2005.05.31現在)
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