私が妖怪に興味を持ち始めたのは、テレビで第三部鬼太郎をやっていた頃ですから、園児か小学校低学年のときだったと思います。当時、私にとって妖怪の情報源といえば、水木しげる先生の本がほとんどでした。と言っても、子供向けに書かれた小学館の入門百科シリーズなどはともかく、妖怪事典や妖怪文庫といった対象年齢の高いものになると、もうだめです。漢字が読めません。なので絵だけを見て、「これは!」と思う妖怪を発見したら、必死になって解説文を読む(もしくは母に読ませる)という輝かしい日々を送っていました。
 中でもわいら、牛鬼、土蜘蛛、濡れ女といった面々は、特に「これは!」と思わせるだけの力を持っていました。怪獣や蛇が大好きだったのです。そうして一通り気に入ってから解説文を読み、ひとり納得したり、納得しなかったりといった具合でした。わいらの「詳しいことは分からない」というのは、かなり納得できなかった部類の解説です。あんなにかっこいいのに。

 そんな私の前に、ある日とてつもなく素晴らしい形をした妖怪が現れました。言葉で説明するのは難しいのですが、とりあえず赤く塗って横に寝かせた鶏卵に、短い前足二本と目玉を一個くっつけたようなやつだと思ってください。シンプルかつユニークなこの妖怪は、後足もないのに下半身を持ち上げ、視線は常に地を見下ろし、たぶん歩いてます。他の妖怪に槌で殴られかけてますが、そんなことはまったく気にしてないかのような無表情さが、これまた魅力的です。
 この妖怪は『別冊太陽 日本の妖怪』という、昔の妖怪画をいくつも掲載した本に載っていたものでした。しかも室町時代の『百鬼夜行絵巻』をはじめ、絵ごとに微妙に姿の異なる全4パターン。大盤振る舞いです。こんな面白い形の妖怪が四回も出てくれば、子供などひとたまりもありません。心を奪われるなどと言うと大げさですが、少なくともお茶漬けの山葵ぐらいの地位には来てしまいました。
 しかしこの妖怪、名前がないのです。名前もなく特性も分からないという妖怪は、当時の私にしてみれば、かなり不可解なものでした。これでは自作の妖怪図鑑に収録することすらできません。そんなわけでこの妖怪は、私の中では一線に出られないまま、しばしの休眠となりました。

 私が再びこの妖怪と向き合ったのは、サイトを開こうと思い立ったときです。当時私はトップページに飾る絵の題材を考えていました。もちろん妖怪にすることは確定していたのですが、ここで普通に石燕の妖怪を持ってきても面白くありません(少なくとも当時は面白くないと考えていました)。「どうせ世に出すなら、もう少しマイナーなものの方がいい。そうすれば通ぶれる。」生意気にもそんなことを考えた私は、あの赤い妖怪に狙いを定めて、本棚から懐かしの『別冊太陽』を引っ張り出してきたのです。
 その後も私はこの妖怪を幾度となく描いています。呼び名がないと不便なので、初めは適当な名をつけて呼んでいたのですが、どうやら自分にはネーミングセンスがないらしいということに気づいたので、結局今ではもとの名無し妖怪に戻しています。
 しかし私が考えていた以上に、彼はメジャーな存在だったようです。いきなり特撮時代劇映画に登場したかと思えば、絵巻仲間の妖怪達とともにフィギュア化されたり、他にもちょっと前のテレビゲームに登場していたとか、最近でも漫画に出たとか、あちこちで目撃されています。何のことはない、私が知らないだけだったのですね。
 世の中というのは広いものです。

 そんなわけで、長々と赤い妖怪にまつわる思い出話などしてみました。あえてむりやり結論を出すなら、「子供を妖怪好きにするには、絵を与えるのが効果的」ということでしょうか。
 ちなみに『別冊太陽』を見た当時、石燕や桃山人に初めて触れた私が、「水木しげるの真似じゃないか」と呆れていたのはここだけの話です。
化野による付記 牛鬼濡れ女赤いもごもごしたののイラスト・解説は雪達磨さんのサイトのものにリンクさせていただきました。記して謝意に代えさせていただきます。

◎筆者紹介◎
雪達磨◎HP『魔行どおり』主宰。丁寧な作業とクールな突っ込みを得意技とする好青年。サイトのコンテンツを不思議餡氏がまとめ直した下記の同人誌は、多くの妖怪好きが一度は志して挫折したであろう石燕から藤澤衛彦への影響関係の検証を緻密にこなした労作。

著書

『藤澤衛彦と鳥山石燕』(私家版)
コミケで『隠れ里』のブースを探してみよう。まだ入手可能かも。

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