◎「くだん狩り」の歴史◎
◎貮◎
南方熊楠の困惑

○南方熊楠による「件」という文章の書き出しを見ていただこう。
 これは熊楠が大正10年11月に『民族と歴史』6巻5号に投稿したものだ
(1)

 前年、柳田国男氏から化物について出処を問われ、返答に困った。維新前、坊間に行われた『世話千文字』という手習い本の注に、件は人首牛身で云々とあったと記憶するが、確かならぬ。(以下略)
[南方 1921 ]
 
 驚くなかれ、柳田國男が「くだん」について、熊楠に教えを乞うていたというのだ。
 柳田と熊楠が文通によって交流を重ねていたことはよく知られている。また、現存する書簡は一冊にまとめて刊行されている
[飯倉編 1976 ]。今回、あらためて書簡集を見直してみたりもしたのだが、「件」に関する質疑応答を見つけ出すことは出来なかった。問題の書簡は失われてしまったのだろうか。
 この質問が行われたのは、普通に考えれば柳田國男と南方熊楠が1916(大正6)年にいわゆる「山人論争」で決裂する以前のことだと思われる。が、本当にそうなのだろうか? 決裂以後に「くだん」資料が入手できないことに困り果てた柳田から問い合わせが行われた可能性はまったくないのか、も気になるところだ。

○疑問はつきないが、民俗学の黎明期に、ふたりの巨人が何らかの形で「件」について語り合ったことだけは間違いない。
 ふたりの間で、どのようなやりとりがなされたのだろう?私の頭の中を、さまざまな妄想が駆けめぐる。「件」について記された書物を捜して書庫にこもる熊楠の姿とか、幻の『郷土研究』第四巻第拾參號 - 件特集 - など。
 ま、戯れ言はさておき。民俗学がその産声をあげつつある時期、柳田國男らが「件」の不思議に魅かれ、資料の探索を開始していたという事実は、あらためて注目されてしかるべきだろう。

○しかし、あの博覧強記の南方熊楠でさえ「返答に困った」というのが、いかにも正体不明の妖獣「件」らしくて面白いではないか。


(1)この熊楠の文章は、同誌に掲載された喜田貞吉氏の記事へのレスらしい。現在までのところ私は同記事をみていないなのだが、いずれ内容を確認して紹介するつもりである。

参考文献
南方熊楠 1921 「件」 『民族と歴史』6巻5号(『南方熊楠全集』3、平凡社 P.470〜471)
飯倉照平編 1976 『柳田國男・南方熊楠往復書簡集』、平凡社(現在は上・下2冊の平凡社ライブラリー版が入手容易)

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