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| ◎何の変哲もないあたりまえのものが、そのふるまいによって妖怪と認識される場合がある。これから話題にする「白犬」は、その典型的な例だといってよいだろう。 まず、岡山県出身の博物学者佐藤清明氏の『現行全国妖怪辞典』の中に残されている断片的な記録を読んでいただこう(1)。 白犬 徳島の警察署の南の辻に出て数匹して夜道を行く人を迷はす。[佐藤 1935] ただの白い犬ならばそんなに珍しくはないし、人を惑わすだけというのもあまり面白くないな、というのが最初に読んだ時の印象だった。類似の例も思いつかなかったし、どういう素性のモノなのかも皆目見当がつかなかった。 古来、白い獣が瑞祥とされたり神の使いとされていることから考えて、瑞獣あるいは神使の零落したモノだろうかとか、徳島県下の事例だけに犬神に関わる話だろうか、と漠然と考えたぐらいだ。 だが最近、この「白犬」によく似たモノをみつけることが出来た。 ◎ 奄美 、沖縄諸島一帯には、豚の姿をした妖怪が分布しているのが知られている。 奄美諸島では「ユナゥワ(夜の豚)」、「ミンキラゥワ(耳切れ豚)」、「クビキリゥワ(首切れ豚)」など、沖縄諸島では「ゥワーグワマジムン(子豚妖怪)」、「ジーワーワー(地の豚?)」などの名で呼ばれている。夜道を行く人の股の間をくぐり抜け、その者の命を取るというモノで、その出没場所は辻や淋しい山道など一定の場所に決まっている(2)。 田畑千秋氏の「豚妖怪の考察」は、このタイプのモノについて、様々な角度から論じたとても興味深い論文だ。同論文で紹介されている豚妖怪関連の事例の中に、鹿児島県の徳之島に伝わる伝承として以下のようなものがあげられている。 「ナガマセ(地名)の山道に、そこを通る時に柴を置いて行かなければ、白い子犬が出てきて、前になったり、後になったりして、あとにもさきにも行けなくなる所があるそうな。そしてまた、その子犬に股の間をくぐられたりすると、その人の魂(命)を取られる - 以下略 -」 [田畑 1996] この子犬も白い。行路の妨害という行動の属性も徳島のモノに共通している。 また、島袋源七氏の『山原の土俗』には、このような沖縄の俗信が紹介されていた。 ○辻には「ジーハーハー」又は「ジージーウワーグワー」が居る、之に股下をくゞられたら死す。 此は犬や豚、鳥動物の化物で、眞白い歩くものだとせられてゐる。 そうなのだ。この例では、化物の姿は豚に特定されておらず、犬の場合もあると書かれている。 こうして見ていくと、股をくぐる南西諸島の妖怪たちと徳島県の「白犬」は、形態、行動ともによく似ていることがわかる。どうやらこれらは同類型のものと考えてもよさそうだ。 また、 田畑氏は 豚妖怪の行動の特徴が、本州の「スネコスリ」(3)の行動と似ていることを 指摘し、これらを同類ととらえている。あまりぱっとしない印象の「白犬」だったが、こうして見ると意外なほど広域に広がる大きな伝承相互のつながり(4)の中に位置づけることが出来る興味深いモノだったわけだ。さらに、この妖怪のグループは、少なくとも現時点で確認出来ているだけでも本州、四国から南西諸島にまで広がることからみて、その伝播のスタートはかなり古い時代にまで遡ると考えることが出来そうだ。 ◎さて、このタイプの伝承がもとになったのではないかと思われるエピソードを、小説を読んでいて見つけたので紹介しておこう。まずひとつめは、恩田陸氏の切なくて美しいミステリ『ネバー・ランド』のなかで見つけた。 主人公の高校生達が興じる怪談のひとつにこのようなものがあったのだ。 あるコンビニに、ときどき白い子犬があらわれるのだという。 追いかけると、子犬の姿は見えなくなる。 そして、その犬が現れた時には必ず、コンビニの前の交差点で交通事故が起きる・・・ 行路の妨害が、交通事故に置きかわっているが、その類似は明らかだろう。学校の怪談や都市伝説をモチーフにした作品(『六番目の小夜子』、『球形の季節』ともに新潮社刊)を発表している作者だけに、このエピソードも何らかの原話にもとづくものではないかと思われる。 また、本稿のタイトルのもととにさせていただいた西村寿行氏の「幻の白い犬をみた」は叙情的なミステリとは180度方向が異なり、荒々しい土俗性が横溢するハード・バイオレンス小説だ。この小説にも、自動車事故を誘発する「白い犬」が登場している。こちらの作品のイメージ源も、とても気になるところだ(5)。 ◎以上見てきたように、この「白犬」も、単体で見るのではなく、他の伝承等との関わりの中で見てやれば、非常に面白いモノだった。最初に読んだ時に、そのことが見抜けなかった自分の不明を恥じるばかりだ。 |
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