「妖怪図巻」
文:京極夏彦
編・解説:多田克己
発行所:株式会社国書刊行会
価格:3,800円+税

 妖怪について語るには、いつもある種の困難がつきまとう。極めて不安定なイメージ上の存在である彼らは、少し口や筆を滑らせれば、瞬時にその姿を変えてしまうのだ。口頭での伝承や、図像の摸写が行われる過程で、彼らは変容を繰り返しとらえ所が無い。
 本書冒頭の解説文で京極夏彦氏が、伝言ゲームと表現したこの事態の実際は、収録された四巻を見比べれば、容易く理解出来るだろう。

 例えば「塗仏」の尾だ。魚類の尾を思わせる『百怪図巻』に比し、他の二例は随分曖昧な表現となっている。どちらがより古い表現なのだろう?

 考証や研究という行為もまた、このゲームの呪縛から自由ではありえない。採集された話や図像は、過剰な解釈を経て変質する。話者や描き手さえ意図していなかった「正体」や「本質」が発見されてしまうことさえありうるのだ。とはいえ、私はこうした事実をもって考証や研究という営為を否定するつもりはまったくない。それらを経ることによってもたらされる変容の過程さえもが、個々の妖怪の全体像を構成する重要な要素なのだから。

 圧倒的な量の類例紹介と考証により、忘れ去られていた妖怪達に再び明瞭な輪郭を与えた解説の多田克己氏は、この伝言ゲームの誠実なプレイヤーだといえるだろう。氏はその妖怪愛と知識に裏づけられた大変な力技を披露している。

 ただ、残念な点もある。巻物の装丁、図像の全体配置、紙料の寸法や錯簡等については、本書では触れられていない。資料を「巻物」としてとらえる視点が弱いのだ。妖怪そのものに焦点をあてた編集意図がうかがえるので、これは無い物ねだりなのかもしれないが。

 本書を手にすれば、貴方も数百年続いてきた壮大な伝言ゲームに参加することができるはずだ。
                                 
(2000.09.10)
                                        (2000.11.15加筆訂正)


 この文章は『幻想文学』誌59号の「幻想ブックレビュー」に投稿し、落選したもの。
                                         (2000.11.15)

 もどる